法話を聞く・読む / 今月の法話

今月の法話

令和3年11月 No.403
唯信 このことつという

 宗祖親鸞聖人は、私の上にあらわれてくださる「南無阿弥陀仏」「なんまんだぶ」の一声に
さまのお徳の全てをいただかれ、ご生涯を歩まれました。阿弥陀さまは、私の上に「任せよ、大丈夫」と名となり声となって、この人生をご一緒くださると。

 一昨年の12月、ご門徒さまの一周忌をお勤めいたしました。ご当家の代表は息子さんでしたが、息子さんとは言ってもお孫さんがいらっしゃる世代、隣には3歳の孫さんがお座りでした。法事の終盤ご法話に差しかかるころ、息子さんが「なんまんだぶ、なんまんだぶ」とお念仏を口にされると隣の孫さんの口からもおじいちゃんを真似るように「なんまんだぶ、なんまんだぶ」と聞こえてきました。息子さんは嬉しかったんだと思います。何度も何度もお孫さんに「もういっぺん言うてくれ。もういっぺん、なんまんだぶ、言うてくれ」とおっしゃる。息子さんの涙は笑顔の中にありました。

 私たち人間を放っておけば、ご本尊の前で合掌するようになるかというと、なりはしません。ましてやこの口に「なんまんだぶ」とお念仏申すようになるか、なろうはずがない。今、私が手を合わせ「なんまんだぶ」とお念仏申しているという事実。ここには懐かしいお方が幼い私の掌をご本尊の前でぎゅっと合わさせて、この耳に「なんまんだぶ」と聞かせてくださった証でもあります。

 「なんまんだぶ」の一声に「任せよ、大丈夫」と言い切って下さる阿弥陀さまのまごころをいただき、このこと一つと歩まれたお念仏の先輩方は、ご自身だけに留まる事なく姿形まで私に残して下さいました。 私たちは「お聴聞」の場で、そのおいわれをお聞かせいただきます。

広島県竹原市 宝泉寺 管 知尚

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