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今月の法話

令和5年2月 No.418
如来まれて

 私のお預かりしている西念寺・本堂の欄間には、金箔で彩られた彫刻の牡丹の花が綺麗に咲いています。この欄間は少し変わっておりまして、外陣から見えるすべての牡丹の花が綺麗に咲いているのですが、なぜか、真正面の牡丹の花だけひっくり返っているのです。そのため正面からは見えないので咲いているかもよくわからず、小さな頃からおかしな欄間だなあと思って見ておりました。しかしあるとき、そのひっくり返った牡丹の花が意味することを教えてもらうご縁がありました。

 そのひっくり返った牡丹の花、実は私の命の姿を表していたのです。さまという仏さまは全てのものを救うという仏さまです。全てのものということは、若い人もお年を召された人も全てです。元気な人も病にかかっているも全てです。綺麗な花を咲かせた人も咲かせられない人も全てです。しかしみなさん、人生において綺麗な花を咲かせることができたでしょうか。 元気なときと若いとき、期間限定では人生の綺麗な花を咲かせることができたかもしれません。しかし生涯で言いますと、綺麗な花を咲かせたくても咲かせられないのが私たちの本当の姿ではないでしょうか。愛する人と出会ったのにも関わらず別れていかなければいけない、思い通りにはいかないのが私たちの命です。私たちの本当の姿は一人孤独でおののいて、「誰もわかっちゃくれない」と背を向けて、涙を流しているのが私たちではないでしょうか。まさに欄間のひっくり返った牡丹の花は、悲しみを抱えた私の命の姿を表しているのでした。

 しかしそのひっくり返った私を表す牡丹の花、本堂ではどういう構図になっているかというと、実は真正面から阿弥陀さまがご覧になっているのです。阿弥陀さまのお救いは、綺麗な花を咲かせたものがお救いの目当てではなくて、まさに悲しみ抱えた綺麗な花を咲かせられないものこそお救いのど真ん中ですよと、南無阿弥陀仏のお救いを目で見て味わえるようにしているのが本堂のひっくり返った牡丹の花でありました。

 阿弥陀さまは、私の姿を全部見抜いてくださっています。その私を責めることなくめることなく、ただただあなたを救うと南無阿弥陀仏とお救いを告げてくださいます。

広島県三原市 西念寺 深水 謙昭

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