法話を聞く・読む / 今月の法話
今月の法話
世間虚仮 この社会に正解はない
「世間虚仮」という言葉はその昔「日本のお釈迦さま」と言われた聖徳太子のお言葉です。このお言葉の後には、「唯仏是真」と続き、「私たちの世界はあてにならないが、ただ仏さまとその教えこそが真実である」という意味です。
少し前、子どもたちと昼ご飯をいただいているときに、ある番組を見ていました。その番組はさまざまな人々が家にある「お宝」を持ち寄り、それがどの程度の価値があるのかを専門家に鑑定してもらうというものでした。番組の中で、ある女性が代々大事にされてきた一枚の掛軸を持って来られました。その掛軸は有名な方が描かれたと伝わる水墨画で、その方のハンコもしっかりと押してあり、これは間違いなく本物で、相当な価値があるということでした。本人も予想評価額を一千万円と提示していましたが、専門家が鑑定をしてみると、その結果は五千円でした。このシーンを見て、昔ある鑑定士が別の番組で言われていたことを思い出しました。
「鑑定士はなぜ、本物と偽物を簡単に見分けることができるのですか?」という問いに対し、「私たちは本物を知っています。そして、いつも本物を見ています。ですから、偽物が出てくるとすぐにわかります。でも、偽物ばかりを見て本物を知らない人は、どちらが出てきてもわけがわからないでしょうね」と言われていました。確かに私も本物を知らないので、本物と偽物を区別することができません。当たり前のことですが、なるほどと思いました。
私たちは、常日頃から家族や家が大事、仕事や財産、地位や名誉が大事と、様々なものを頼りとし、拠りどころとして日暮らしを送っております。しかし、こうしたものは、私の思いとは裏腹に常に移り変わっていき、最後には手放していかなければなりません。
真実を知らず、頼りにならないものにしがみつき、苦しみや悩みを抱えながら歩んでいくことしかできない私たちを見抜いてくださった仏さまが阿弥陀さまです。そして真実のおはたらきとして「南無阿弥陀仏」と私にご一緒くださり、真実の世界である、お浄土をご用意くださり、「必ずお浄土へ連れてまいる」と、私とともに歩んでくださると、南無阿弥陀仏のお念仏の中にお聞かせいただけます。
如来さまに抱かれながら、「私は真実の親さまにお出遇いさせていただいた仕合わせ者でございました」とただお礼を申させていただきつつ、お念仏申すばかりであります。
佐賀県三養基郡 善法寺 弓 教英
今月の法話 バックナンバー(過去1年分)
下記より過去1年間の今月の法話のバックナンバーをご覧いただけます。
- 令和5年5月No.421『本願力にあいぬれば むなしくすぐる人ぞなき』/橋本 孝生 (佐賀県)
- 令和5年4月No.420『順縁・逆縁 すべてがお育てとなる』/松浦 成秀 (山口県)
- 令和5年3月No.419『大切な人と今日話そう』/藤野 和成 (三重県)
- 令和5年2月No.418『拝む如来に拝まれて』/深水 謙昭 (広島県)
- 令和5年1月No.417『年頭の辞』/大谷 光淳 (門主)
- 令和4年12月No.416『終わり方が始まり方を決める』/伊川 大慶 (広島県)
- 令和4年11月No.415『仕合せは 比べるものではなく 気づいていくもの』/志摩田真生(福岡県)
- 令和4年10月No.414『相手の目線でみると 違った世界が見えてくる』/鴬地 清登 (大阪府)
- 令和4年9月No.413『往生 浄土へと日々新たに生まれ往く』/井上 昌隆 (鹿児島県)
- 令和4年8月No.412『亡き人が私と仏法の縁となる』/徳正 俊平 (広島県)
- 令和4年7月No.411『蝉しぐれ 今日の一日を惜しみつつ』/服部 法紹 (広島県)
- 令和4年6月No.410『見えるものだけが すべてではない』/宮武 大悟 (広島県)