法話を聞く・読む / 今月の法話

今月の法話

令和8年9月 No.461
涙石 れてしけり まことのいのち ためさるるとき(梅原眞隆)

 「エアコンの室外機はけなげである」

 これは数年前の夏、ある日の西日本新聞一面コラムの書き出しです。エアコンと言えば白い横長の長方形のものしか思い浮かばない私が、窓の外の室外機に思いが至るようになる。仏法に出遇うとはそういうことではないかと私は思っています。いつもは見えていないものが見えてくる。当たり前だと思っていることの奥に「おかげ」が見えてくる。仏さまの話を聞くと少しだけ視野が広がるのです。

 涙石、これは念仏禁制の歴史を伝えるため鹿児島別院の境内に今もされている大きな石です。役人が信者を尋問する際、正座させ、膝の上にこの石を乗せました。門徒の涙と血が染み込んだ石は、何も語らないままに苦難を今に伝えています。

 私の口から「」とお念仏が出てくるまで、長い長い年月の歴史があり、まさに命がけでおみのりを守ってくださった方々がおられたことに改めて気づかされます。

 けれど、もし私が尋問される立場だったら、さまを踏みつけて、お念仏も捨てていたような気がして、情けない気持ちになります。もしかすると、そんな人もいたかもしれませんね。いえ、そんな人の方が多かったかもしれません。けれども、最後までお念仏を守り抜いた方だけが救われたのではありません。状況や心持ちが変われば平気で信仰を投げ出してしまうような私こそが阿弥陀さまのお目当てでした。

 涙石は鹿児島のご門徒の苦難だけでなく、すべてのものを救いとる阿弥陀さまの大悲のお心を伝えているように思います。

福岡県豊前市 浄福寺 長谷山 晃子

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