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今月の法話

令和2年9月 No.389
迷いの目には 真実は見えない

 ある研修会に問題を提起する役割で、スタッフとして参加したときのことです。その研修会は、全国からご門徒の方々が50人くらい参加され、受け入れるスタッフも10人ほどの研修会です。私にとっては初めて「問題提起」と「まとめ」をさせていただくご縁でした。

 その問題提起が、あと10分くらいに迫ったときのことです。私は初めてですから、緊張と不安でいっぱいでした。おそらく顔はこわばり、笑顔など一切ない状態だったのでしょう。それを見てあるスタッフが私の後ろから、そっと肩に手を置き「一人じゃないよ」と声をかけてくださいました。振り向いてお顔を見ると、にこやかに「私たちスタッフがついているよ。それに阿弥陀さまがご一緒だよ。安心して、問題提起をしてきなさい。」と、その笑顔は物語っていました。おかげでなんとか最低限の役割は果たせたと思っています。

 このとき、私の緊張と不安は、私にできるだろうかという戸惑いと、自分をよく見せたい、よく見られたいという欲望が渦巻いていたのです。それはまさに迷いの中です。その緊張・不安・戸惑いでいっぱいだった私を笑顔で肩をたたいて「大丈夫だよ」と押し出してくださったスタッフの存在がすごく大きなものでした。もう一方で参加の方々も柔和な笑顔で受け入れくださいました。

 このとき、改めて仏教の中心的な考え方の「この世にある全てのものは、つながりあって存在する」ということを思い知らされました。たまたまいろんな所から参加者の皆さんが集まりましたが、共に考え・話し合い・同じ課題を共有するという「つながり」を感じる大変貴重なご縁でだったのです。私たち人間は、常に迷いの中にいます。その迷いの苦悩の解決をどうするかが、人生の課題でありましょう。仏教の真理、親鸞聖人の教えが、その道筋を示してくださいます。共に聞いて参りましょう。

熊本県宇土市 常光寺 菊池 慈峰

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