法話を聞く・読む / 今月の法話 バックナンバー(No.460)

今月の法話  バックナンバー(No.460)

令和8年8月 No.460
でもいているんだな

 6月のある日、私は夫と近所を流れる川の傍にいました。蛍を見るためです。車のエンジンを切りヘッドライトが消えると、そこは深い深い闇の中です。目が少し慣れてくると闇の中にぽうっと微かな光が現れ始め、気がつけば小さな光は無数になって天然のイルミネーションが闇夜を彩ります。それはもう、息をのむような美しさなのです。ふと見上げれば、夜空には無数の星たちも輝いていました。私は闇の中でなければ見ることができない光景を楽しみに、この時期に川べりに行くのです。

 翌日、昼間にも川べりを通りました。太陽の明るい光が届く時間には蛍たちは光りませんし、星の光も肉眼では見ることはできません。けれど、昨日見た光が心に残っていて、見えなくても川べりに息づく蛍たち、星たちの輝きに思いを馳せることができたのでした。

 浄土真宗のご開山親鸞聖人は、私たちのご阿弥陀さまは「十方光如来」、つまり何ものにも遮られることなく私たちを照らす光の仏さまだと教えてくださいました。私たちは思い通りにならない人生の中で、人知れず心の奥底に深い深い闇を抱えて生きています。時に、その孤独な闇の中で押しつぶされそうになることもあるでしょう。でも、阿弥陀さまの光が届かない所はありません。「あなたの苦しみを見捨てておくことはできない。私はあなたを救う仏。あなたをどこまでも照らしてゆくよ」と私を決して見捨てることがない阿弥陀さまの光は、私の心の奥底にまで届く光です。

 仏縁というのは、もしかしたら大切な人とのお別れなど、心に闇が訪れている時が多いのかもしれません。心の闇が深いほどに阿弥陀さまの光が頼もしいのです。しかし、阿弥陀さまの光は「不断光」とも言われます。辛い時だけではなく、うれしい時も、楽しい時も、人生に明るさを感じている時だって阿弥陀さまは私を照らしていてくださいます。私の方は、うれしい楽しい時ほど阿弥陀さまを忘れていますが、阿弥陀さまの方はいつだって私を照らし続けていてくださる。ふと、闇に届いた光を昼間に思いだすように、いつだって私を照らしてくださる阿弥陀さまを「南無阿弥陀仏」とお念仏称えつつ仰がせていただきます。

山口県岩国市 超専寺 田坂 亜紀子

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