法話を聞く・読む / 今月の法話 バックナンバー(No.458)
今月の法話 バックナンバー(No.458)
令和8年6月 No.458
雨の日も晴れの日も私の人生
雨の日も晴れの日も私の人生
私たちは日々の暮らしの中で、自分の人生をゆっくり振り返る間もなく過ごしているのかも知れません。
私事ですが、日々の法務に追われ、家庭のことに心を配り、子育てや地域の活動に力を尽くしながら、気がつけば「これから先をどういきるか」ばかりを案じていました。
みなさんはどうですか?振り返ればいつも思い通りであったわけではありません。むしろ、辛いこと、苦しいこと、どうにもならないことに出会いながら、ここまで歩んできたのではないでしょうか。晴れの日ばかりではなく、雨の日もまた私の人生でありました。けれども、そのように忙しく生きる私たちの足もとに、かけがえのない人生が確かに与えられていました。
浄土真宗では、阿弥陀如来のはたらきを『他力本願』といただきます。それは、自分の力で立派になって救われるということでなく、迷いの中にあるこの私を、阿弥陀さまはそのまま見捨てず、いつも喚びかけ、支え、育ててくださっているということです。私たちは自己中心的な生き方を命の縁が尽きるまで持ち続けています。そのような私にお念仏は、悩みを抱え、迷いながら生きる私の口を通して、阿弥陀さまのお慈悲が声となって現れてくださるのです。南無阿弥陀仏と申す人生は、阿弥陀さまに抱かれて生きる人生でありました。
雨の日も、晴れの日も、阿弥陀さまは決して私たちをお見捨てにはなりません。どのような日々であっても、どのような状況下にあっても、どのような亡くなり方であっても「あなたを独りにはしない」と、いつもともにいてくださいます。そのことに気づかせていただくところに、私の人生の尊さがあるのではないでしょうか。
岡山県倉敷市 西方寺 幡多 哲也



