法話を聞く・読む / 今月の法話 バックナンバー(No.456)

今月の法話  バックナンバー(No.456)

令和8年4月 No.456
さなければれてしまう

 私の地元の公民館では、月に2回ほど絵本の親子読み聞かせ教室が行われています。毎回テーマが設けられ、そのテーマに沿った絵本の読み聞かせがあります。昨年の6月上旬に行われた読み聞かせ教室のテーマは「田植え」でした。

 私は当時2歳の息子と一緒に参加し、その帰りに少量の苗をいただきましたので、はじめてバケツ稲づくりに挑戦することとなりました。早速、バケツに土と水を入れ、苗を植え、観察の日々が始まりました。ところが2週間後、ふと稲を見てみると、成長のスピードも遅く、稲の葉もなんだか枯れ気味です。それもそのはず。日常に追われ、次第に稲の管理が疎かになっていたのです。そこで、気を改めて農業をされているご門徒さんにアドバイスをいただくことにしました。すると、「代掻はしたのか?」と尋ねられました。「シロカキ…?」素人の私にはサッパリです。代掻きとは、田植え前に水を張った田を耕し、よく混ぜて田面を平らにする重要な作業なんだそうです。当然、素人の私がやっているはずがありません。ただバケツに土と水を入れただけでした。スタートから間違っていたのです。

 耕さなければ荒れてしまう。どうやらそれは、心についても同じことが言えそうです。お釈迦さまは私たちに、心の田を耕すことをお勧めくださいました。「心の田を耕す」とは、「仏法を聞くこと」と味わうことができるでしょう。では、仏法を聞いたならば、私の心は荒れないのかというと、そんなことはありません。仏法を聞いても腹は立ちますし、愚痴はこぼれます。自他を傷つけ、迷いの世界への種まきばかりしているのが私の日常です。やると決めても三日坊主。いや、3日ももたない私です。

 しかし、そのような私であることは、さまの方がよくご存知でありました。ですから阿弥陀さまは、私たちに対して「自らで清らかな心を作り上げて浄土に生まれてこい」とは決しておっしゃいませんでした。「我にまかせよ、必ず救う。あなたを浄土に生まれさせる仏はここにいるぞ」とび続けておられます。荒れている私の心の田を耕し、お浄土参りの種(仏種)を与えてくださったのは、阿弥陀さまの方でした。「仏法を聞く」とは、その阿弥陀さまのご苦労を聞かせていただくことでありました。

福岡県遠賀郡 西圓寺 熊鰐 信行

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