法話を聞く・読む / 今月の法話 バックナンバー(No.374)

今月の法話  バックナンバー(No.374)

令和元年6月 No.374
かな人生けではない

 今から10年ほど前に、伯母が老人ホームに入居しました。キャリアウーマンで仕事人間だった伯母が住み慣れた家を処分し、引っ越しの準備をする姿はどこか寂しそうに見えました。何人もの部下を抱え、輝かしい時代のものを少しずつ整理している姿は何ともやるせない気持ちになったものです。

 「年を取るのは嫌ねぇ」と言っては、かつての思い出との別れを惜しんでいました。悩んだ挙げ句、読み慣れた100冊程の本と小さなお仏壇だけ施設に持っていくことを決めました。施設に入ってからも、「私はまだ老人じゃない」と言っては、他の入居者の方を避けていたように思います。

 入居先に時々洗濯物の交換や果物の差し入れに行きますと、普段は閉まっているお仏壇の扉が開いていることがありました。静かな老人ホームで寂しい思いをしていたのではないかと想像します。静かな夜にお仏壇の扉を開けては、「南無阿弥陀仏」とお念仏申し、ここに阿弥陀さまがご一緒だと喜んでいたのではないかと思うのです。寂しく過ごすその夜にも阿弥陀さまがご一緒してくださっていたと思うと、訪ねたこちらが嬉しくなりました。

 その伯母もいよいよ私のことさえ分からなくなりました。色んな事を忘れていく伯母は、阿弥陀さまのことさえ忘れていくかも知れません。しかし阿弥陀さまは「あなたが私のことを忘れようとも、私はあなた一人を忘れはしない」と私を拝んでくださる仏さまです。輝かしいときも、苦悩する私に寄り添ってくださいます。

 今では「ありがとう」が口癖の可愛いお婆ちゃんになりました。「色んなことを忘れてしまったけど、阿弥陀さまの胸の中で歩ませていただく人生は、少しも寂しくないよ」そう教えてくれているように思うのです。

福岡県福岡市 真正寺 宗 秀融

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