法話を聞く・読む / 今月の法話 バックナンバー(No.396)

今月の法話  バックナンバー(No.396)

令和3年4月 No.396
他人ちは見やすく おのれのちは見難

 ご法事にお参りさせていただいたとき、近くに座っておられた男性二人の会話が聞こえてきました。AさんがBさんに、「少し顔色が悪いんじゃないか、一回病院で診てもらったほうがいいんじゃないか」と言われ、Bさんが「ああ少し体調が悪いけど、大丈夫、自分の身体は自分が一番よくわかっとる。それよりあんたの方こそこの前、腹がると言ってたけど病院に行ったんか」と反論されました。(「苦る」は広島弁で、“鈍い痛みうずく”状態を言います)それに対して A さんは「わしゃ病院に行ったら病気をもらって帰るような気がするから絶対行かんよ」と答えました。

 それを聞いたBさんが、「自分が病院に行かないのに、人には行けというんか」と笑いながら言われました。その会話を聞いていた私は、「不安ならお二人で一緒に病院に行かれたらどうですか」と伝えると笑っておられました。

 他人に対しては言えても、それをそのまま自分でできるかとなると難しいです。でも病気はやはり専門であるお医者さんに診てもらわないとわかりません。自己診断はよくありません。

 お釈迦さまは苦しみの原因は煩悩であると悟られました。そして、阿弥陀さまという仏さまが、遠い昔より煩悩によって迷いの境涯をさまよい続けている私のために、南無阿弥陀仏という薬を完成し、すべての人に届けるために念仏という姿となってはたらいてくださっているんだよと教えてくださいました。

 すでに薬があるということは安心できます。身体の病気はお医者さんに、煩悩の病気は阿弥陀さまにおまかせしましょう。

広島県三原市 浄楽寺 栗原 一乗

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