法話を聞く・読む / 今月の法話 バックナンバー(No.373)

今月の法話  バックナンバー(No.373)

令和元年5月 No.373
したいがいるという幸せ

 「一人」
 冬は寒い
 家に帰りヒーターをつける それでも寒い
 チンしてごはんを食べる それでも寒い
 一人家で過ごし一人塾へ向かう 一人は寒い

 新聞に掲載されていた詩で、作者は中学一年生の男の子です。暖房のスイッチを入れれば、部屋は暖かくなります。レンジで温めたごはんを食べれば、身体も温もるでしょう。なのに、この詩を作者は「寒い」と締めくくっています。私には「寂しい…」という心の叫びに聞こえます。

 「ハウス」も「ホーム」も、どちらも「家」を表す英単語ですが、双方は意味合いが違います。「ハウス」が住宅や家屋という物理的な建物を指すのに対して、「ホーム」は家庭や居場所を意味します。あちこちに住宅展示場やモデルルームがオープンし、立派な家屋やマンションが多く建ち並ぶ時代ですが、果たしてその住まいの中に温もりに満ちた家庭の「和」があり、安心できる居場所になっているでしょうか?

 一人暮らしを孤独と決めつけるのは偏見です。よき友を持つ人は「一人」でも「独り」ではないのです。むしろ、ひとつ屋根の下に心の通わない家族と暮らしているすれ違い生活の方が、はるかに孤独を感じさせるでしょう。「孤独は山になく、街にある。一人の人間にあるのではなく、大勢の人間の『間』にある」三木清氏の言葉が思い返されます。

 「我、今、帰するところ無く、孤独にして同伴無し」とは、源信僧都著された『往生要集』の一文です。帰る場所も待つ人もなく、ともに歩む者もいない孤独こそが地獄という苦の極みなのです。

熊本県熊本市 良覚寺 吉村 隆真

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