法話を聞く・読む / 今月の法話 バックナンバー(No.368)

今月の法話  バックナンバー(No.368)

平成30年12月 No.368
にいのちのもりときを

 2016年4月に起こりました熊本地震。それから1週間ほど経ったある日のことです。そのころの現地は、まだ15分に1回余震があり、多くの方々が、避難所や車中などで寝食されておられる状態でした。

 そんなとき、数年前からご法座にお参りされるようになったご近所のおばちゃんが立ち話の中で、満面の笑みで次のようにおっしゃいました。
「余震があるたびに、やっとお念仏が出るようになりました。最近、南無阿弥陀仏と申さずにおれんのです」
私は、この会話を自宅に帰って妻に話しますと、妻が言いました。
「おばちゃんすごいね。私は余震があるたびに、娘と自分の安全をどう確保するかばかりが先に立って、なかなかお念仏は出てこないなぁ」

  熊本地震を経験した被災者として、そして浄土真宗の僧侶として、私は妻が言った「すごい」という言葉が気になる言葉の1つとなりました。改めて今考えてみると確かにすごいことだと思います。正確に言えば、おばちゃんがすごいというよりも、すごいご縁に遇われておられるということです。

 仏さまの教えが「人生は苦なり」と示されるように、人生は都合の悪いことが起こるものです。そして都合の悪いことが起こると人生が下向き・後ろ向きになり、ときには放漫な態度になったりするのが私の姿であります。しかし、そんな苦悩の中にあるとき、私のことをいつも心配してくださっている方の存在を知り、その方のお名前を声に出すことができる。そういうご縁をいただいていることは本当にすごいことだと思います。例えば子どもが悲しいとき「お母さん」と呼び、自分を案じてくれる存在を力としていくようなものです。

 後におばちゃんは「なぜお念仏が出るのですか?」という質問に「安心できるんです」と一言おっしゃいました。私にとって、被災地の中でお念仏申されるおばちゃんの姿を通して、お念仏を力とする念仏者の生き方を教えていただいたご縁でありました。

熊本県熊本市 長寶寺 藤川 顕影

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